「スマスロ北斗の拳」が出るので人生で1番負けた「初代北斗」の思い出を語る【元パチプロHの「パチスロが好きだから」#10】

いよいよ4月3日より「スマスロ北斗の拳」のホール導入が開始される。

事前情報を見る限りは、公式の「初代完全復活。」という謳い文句の通りのデキで、必ずヒットする、と個人的に思っている。(ヴァルヴレイヴや鏡が一定の支持を得ている現状なら特に)

実は初代「北斗の拳」は私がパチスロにハマるきっかけとなった非常に思い入れのある機種。てことで、今回はそんな初代「北斗の拳」の思い出話を軽くしてみたい。

たぶん歴代で一番負けた

高校卒業してすぐに、友達に「面白い台があるよ!」と言われて打ったのが初代北斗。ちなみに初めて打ったパチスロ機は「キングパルサー」で、実際に北斗を打ったのは確か2回目の時だった。

普通なら超初心者なら分かってる友達と行くべきだが、なぜか初打ち後2回目の勝負から1人でホールに行き始めるという、生粋のスロッカスっぷりを発揮するワタクシ。

記憶が定かではないが、おそらく初打ちで2万円ほど勝てたので「なんとかなる」という謎の自信があったのだろう。

しかし初心者の少年H氏。残念なことに「押し順ナビ」という概念を理解していなかった。ナビが出ているのにテキトーに押すものだから、雑魚敵に攻撃されまくるケンシロウ。

H「ケンシロウ弱ぇー。。。」(弱いのは僕の頭だった)

「無知とは罪なり」とはよく言ったものである。

しかしビギナーズラックかなんなのか、1万円強のプラスになったH少年。

「パチスロって簡単にお金稼げて楽しい!!!」

まるで雑誌の後ろにある広告のようである。
・・・ここから彼の転落、堕落が始まるのであった。

高校卒業後は大学に進学したワタクシ。
勉強のかたわら、親からの仕送りをケンシロウにブチ込むというパチスロ1年生のテンプレートのような生活を送っていた。

仕送りが2週間持てば良い方で、大体1週間で打ちに行けなくなるという生活が続く。
当然、生活に困窮していたのだが、お金が無いのに借金してまで打ちに行くようなことはしなかった。(100円でお腹いっぱいになるような菓子パンが生命線)

友達にちょこちょこお金は借りていたが、借りても数千円で、月初の仕送りが入ればすぐに返すため、金銭トラブルとは無縁だった。超えてはいけない一線を踏みとどまる良識はあったようだ。

しかし、そんな負けまくりの私だったが、当然たまには大きく勝つこともあった。

学校が終わった後の稼働で、初当たりも軽く連チャンも続き5000枚。

「うぉぉぉ!大富豪やー!!!」

※当時の私にとって5000枚は今でいうコンプリート機能が発動したくらいの興奮である

だが、そんな自称大富豪となった翌日のこと。
完全に気を良くした私は朝から打ちに行ってしまい、ストレートで天井到達(2000G、投資約7万)、そして白オーラ単発。

その後もアツくなって打ち続け、結果11万くらい負けてしまうのであった。。。

この日のことは辛すぎて未だに覚えている。

そんな感じで、ちょっと勝ったところで、すぐさまホールに還元する生活。
お金が増えるわけがない。
初代北斗に関してはただただ、ひたすらに負け続けるワタクシ。
そもそも大してお金を持っていなかったが、間違いなく金額では歴代で一番負けているはず。

「主役は銭形」を打ち始めたあたりから、「パチスロで勝つ」という意識に変化が起こり始めるのだが、2年間くらいは負け続けた。

ちなみに初代北斗では「32連」が最高。
かなり打ったけど、30連超えはその1回だけかな?

他人の台では「70連超えで一撃万枚」なんてのも見たことあるけど、「アホみたいな一撃」って自分はどんな機種であれホント縁がない。。。

初代北斗の思い出はたくさんあるけど、今回はこのへんで。

「スマスロ北斗」は4月に導入予定だが、「初代北斗」の頃よりパチスロの知識も意識も変わっている。

数十年の時を超え、今こそリベンジの時。

©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983, ©COAMIX 2007 版権許諾証YRA-114 ©Sammy


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